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    <title>あやめわかたぬ浮世のなかに</title>
    <description>設置者の設置者による設置者のための個人ブログ。日々の徒然＆木戸公愛。</description>
    <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>東北関東大震災</title>
      <description>&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;東日本の地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;また皆様のご無事をお祈りしております。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;　&lt;br /&gt;
　&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;大変ご無沙汰しておりますが、当方は家族一同無事でおります。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;私は地震当日は東京の仕事場にいて、最初は小さな横揺れだったのですが、長引いて徐々に大きくなって、地面も建物もがたがたと大揺れになってゆくのはとても怖かったです。&lt;br /&gt;
そのあと公園に避難するともう結構な人だかりで、そこで知り合いと出会って初めて、震源は宮城の方らしいよ、という話を聞きました。&lt;br /&gt;
東京で身の危険を感じるくらい揺れたんだから、向こうの人はもっと怖かっただろうね、という話をその時はしたのですが、まさかこんなに怖ろしい大震災になっていたなんて･･･。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;連日のテレビで流される津波の映像、破壊された街、ご家族の行方を捜す人たちの姿、止まらない原発大事故の報道を見るたびに、本当にこんなことがあるのか、と呆然とします。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&amp;nbsp;　&lt;br /&gt;
　&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;自然の脅威の前にあまりにも無力な自分ですが、少しでも被災地の力になれるように、自分のできることをやっていこうと思います。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;とりあえず、節電と、献血と、義援金と、買いだめしないこと。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;あとは、毎日を生き抜くこと。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;計画停電の影響で毎日が不安定で、自営業ゆえ仕事が続けられるのかという不安もありますが、長期戦を覚悟してでも今は立ち止まらず、仕事を回し続けることが大事だと思っています。それが日本の復興に繋がると信じています。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;　&amp;nbsp;&lt;br /&gt;
　&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;今はいろんな人がいろんなことを叫んでいます。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;助けを求める人、被災者を心配する人、政府を批判する人、反対に擁護する人、マスコミを叩く人、不安を煽るような発言をする人もいれば、落ち着けと呼びかける人もいます。デマを流したり、ここぞとばかりに詐欺を働こうとする不埒な輩もいるようです。&lt;br /&gt;
余計なお世話かとは思いますが、流されてパニックにならぬようお気をつけください。私も、しっかり地に足をつけていなければと気を引き締めております。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;　&amp;nbsp;&lt;br /&gt;
　&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;日本全国にいるたくさんの人たちが、いま被災地に支援の手を差し伸べようとしている、そんなニュースを聞くたびに、大丈夫だ、日本はきっと立ち直れる、と、ほっとします。&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;1人1人の小さな力が、大きな力になってどうか被災地の皆さんに届きますように。　&lt;/div&gt;
&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災地の１日も早い復興を願っております。&lt;/span&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/etc./%E6%9D%B1%E5%8C%97%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD</link> 
    </item>
    <item>
      <title>寒中お伺い申上げます</title>
      <description>&lt;p&gt;世間では女正月なんて便利な言葉もあるらしいですね。&lt;/p&gt;
&lt;div&gt;とはいえ正月を忙しく立ち働いた記憶はないんですが。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;改めまして、寒中お見舞い申し上げます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;みなさま更新のままならないブログですのに足を運んでくださって本当にありがとうございます。なかなか手が回りませんが頑張りたい気持ちはあり&amp;hellip;ま&amp;hellip;す&amp;hellip;。（&amp;larr;おい）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;昨年は両の手で数えられる位しか更新してなかったんで（自分で数えてびっくりした）、よっぽど新しいブログ立ち上げようかと思った位ですが、こんなところで折れたら負けだと自分に言い聞かせ（？）、なんとか巻き返しを図りたいと思います。とまれ、これ以上木戸さんに愛想をつかされないようにしたいです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ところで、今年のセンター日本史、金子堅太郎がトピックに選ばれてましたね。生い立ちとか妙に詳しく語られてていて、むしろ勉強になりました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;堅タロサは、木戸さんより20才も年下かあ&amp;hellip;。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかもハーバード大か。超優秀。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし肝心のタロサに関する設問が一個も無いのは何なんだろう。&lt;/div&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/etc./%E5%AF%92%E4%B8%AD%E3%81%8A%E4%BC%BA%E3%81%84%E7%94%B3%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%81%BE%E3%81%99</link> 
    </item>
    <item>
      <title>谷中墓地</title>
      <description>&lt;p&gt;ご無沙汰しておりました。&lt;br /&gt;
5ヶ月を過ぎて、再び思い出したようにログイン。&lt;br /&gt;
うう、我ながら情けない・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６月の木戸さん誕生日は、我家なりに手の込んだ(一般基準で普通の)お食事でお祝いをして、大久保さんの誕生日は「はっぴば～すで～」と無気力に歌ってあげて、&lt;strong&gt;でも高杉さんの誕生日は普通に忘れてて&lt;/strong&gt;(後で気付いて落ち込んだ)、&lt;br /&gt;
せめて周布さんの命日はきちんとしたかったのですが。あああ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、お墓の話です。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E5%B1%95%E8%A6%A7%E4%BC%9A%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/%E8%B0%B7%E4%B8%AD%E5%A2%93%E5%9C%B0&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E5%B1%95%E8%A6%A7%E4%BC%9A%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/%E8%B0%B7%E4%B8%AD%E5%A2%93%E5%9C%B0</link> 
    </item>
    <item>
      <title>133回忌</title>
      <description>&lt;br /&gt;
木戸さんご命日の今日、もはや休止中に等しいこのブログを&lt;br /&gt;
久々に再開しようと思い立ちました。&lt;br /&gt;
いろいろとすみません！&lt;br /&gt;
一応まだ自分の中では動かす気あるんです･･･。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて今更ですが、133回忌。&lt;br /&gt;
木戸先生のご冥福をお祈り申し上げます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余談ですが、命日ネタ（不謹慎）で、先日見つけた電報の話。&lt;br /&gt;
133年前の5月26日、山尾・杉からの電報で木戸さんの訃報を&lt;br /&gt;
受けた山県有朋参軍のお返事電信。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「キドタカスケコンチヨウシキヨセリト、ヤマヲ・スギリヨウニノン&lt;br /&gt;
ヨリホウチアリ、コノダンンゴボウチモリス」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰だよ&lt;strong&gt;タカスケ&lt;/strong&gt;って！！&lt;br /&gt;
そりゃあないぜ狂さん！&lt;br /&gt;
人は悲しい場面では泣きたいモンだよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで誤字が5箇所もあるけど間違い過ぎじゃね？&lt;br /&gt;
動揺したあまりの事だろか。。。</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E3%81%95%E3%82%93%E8%AA%9E%E3%82%8A/133%E5%9B%9E%E5%BF%8C</link> 
    </item>
    <item>
      <title>新年</title>
      <description>明けましておめでとうございます。&lt;br /&gt;
こんな辺境ブログですが、今年もよろしくお願いいたします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンナの実家に挨拶に行って、初詣行って飯作って一日が終了。&lt;br /&gt;
あ、取り溜してた『容疑者Ｘの献身』見ました！&lt;br /&gt;
堤さんの演技が良かった！福山雅治は相変らずかっちょええです。&lt;br /&gt;
カッコよすぎて、龍馬にはちと&lt;strong&gt;勿体無い&lt;/strong&gt;気もしたけど（黙れ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
『芸術新潮』11月号所載＜孔雀明王図＞の解説曰く、&lt;br /&gt;
この絵はかつて原三渓が、&lt;br /&gt;
「&lt;strong&gt;井上馨から一万円という高値で&lt;/strong&gt;譲り受け、世間の耳目を集めた」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・まあツッコミ何処は多々あるんですが、そもそも平安期の価値ある名画が、なぜ井上さんの手元にあったんでしょうね。ちょっと疑問。&lt;br /&gt;
いやいや疚しいことなんか何も無いですよね！ 一瞬、「廃仏毀釈」って単語が頭の中をよぎったけど、もちろん気のせいですね！(黙れ)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あと当時の１万円っていうとやはり結構なお値段だよね。&lt;br /&gt;
今でいうと1000万くらい？やっぱ商売人だな、馨くん。&lt;br /&gt;
彼にまつわる話はすべて金がらみな気がしてきます。</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E5%B9%95%E6%9C%AB%E9%95%B7%E5%B7%9E/%E6%96%B0%E5%B9%B4</link> 
    </item>
    <item>
      <title>大掃除</title>
      <description>&lt;p&gt;仕事が忙しいようなそうでないような日々を過ごしてたら、いつの間にか大晦日に。嘘だろー！&lt;br /&gt;
このブログの最終更新日も2ヶ月も前だし、自分でドン引きでした。つーか、私この２ヶ月何してたっけ？！って回想したら、そういえば&lt;strong&gt;京都の木戸さんのお墓参り行ってきたり&lt;/strong&gt;『醒めた炎』下巻を購入したり、それなりに充実した日々だったんですけど、なぜかそれも記憶もおぼろげな程遠い昔のことのような。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
来年はもっと実生活や趣味に時間を割けたらいいなあ。&lt;br /&gt;
つーかいい加減木戸さん文書を（ごにょごにょ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでは良いお年を。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/etc./%E5%A4%A7%E6%8E%83%E9%99%A4</link> 
    </item>
    <item>
      <title>富士見町顛末</title>
      <description>&lt;p&gt;　&lt;br /&gt;
あああ、また１ヵ月も間を空けてしまった。。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまでオフ友には幕末好きな事は内緒にしてたんですが、先日、高校時代の親友Sとランチを食べた時に、近況報告で出石旅行の事とか木戸文書購入の事を話したらドン引かれました(笑)。&lt;br /&gt;
「私の友達にも歴女がいるけどさ、その子とアンタなら気が合うかもしれないわ」って笑われた。&lt;br /&gt;
それって要するに、「私には話を振ってこないでね」、って意味だよね？「語るならお前ら２人でやれよ」、って意味だよね？？(爆)&lt;br /&gt;
そりゃあ私が悪かったですけども。&lt;br /&gt;
・・・今度、その子を紹介してくれるっぽいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で、その友達というのが、Sとよく旅行に行く仲らしいんですが、Sが誘われて一緒に旅行したのが、&lt;strong&gt;日光&lt;/strong&gt;と&lt;strong&gt;石見銀山&lt;/strong&gt;なんだとか。&lt;br /&gt;
ちょっとまて、家康ファンと勤皇オタって、混ぜたらアレなのでは(怖)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨夜、ヤフオクを漁ってたら、明治１４年出版の和書に、品川弥二郎の住所が載ってるのを見つけたんですが、「&lt;strong&gt;東京府麹町富士見町１丁目１番&lt;/strong&gt;」でした。なんだ、だからヤジ像って靖国の近くにあるのか。&lt;br /&gt;
つか、木戸さんも山縣さんも廣澤さんも品川さんも、みんなご近所同士かよ！明治初期の富士見町は、長州人町って感じっぽい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で、いつから皆さんがご近所同士なのか、気になって地図を調べたんですけど、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a target=&quot;_blank&quot; href=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/04a08772.jpeg&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;04a08772.jpeg&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/Img/1255022762/&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
明治2年。木戸さん家の２つ左隣が&lt;br /&gt;
廣澤さん家。&lt;br /&gt;
仲いいよなあ、ほんとに。&lt;br /&gt;
翌々年、廣澤さんがご逝去。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;b4b5d71d.jpeg&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/Img/1255022763/&quot; /&gt;&lt;br /&gt;
明治9年。木戸さん家から、靖国挟んで&lt;br /&gt;
向かい側が山縣さん家。&lt;br /&gt;
品川さんの名前は、探したけど見当たらず。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a target=&quot;_blank&quot; href=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/db7089f9.jpeg&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;db7089f9.jpeg&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/Img/1255022953/&quot; /&gt;&lt;/a&gt;明治16年。&lt;br /&gt;
「山縣邸」の文字を発見。&lt;br /&gt;
品川邸もこの辺の筈だがやはり見当たらない。&lt;br /&gt;
住所的には、ガタの左隣辺だと思うんだけど。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a target=&quot;_blank&quot; href=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/2f6d6bd3.jpeg&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2f6d6bd3.jpeg&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/Img/1255022954/&quot; /&gt;&lt;/a&gt;　&lt;br /&gt;
明治25年。&lt;br /&gt;
あれ、山縣さん引っ越した？&lt;br /&gt;
跡地が「農商務大臣官舎」に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤジ氏の名は、あいかわらずナシ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a target=&quot;_blank&quot; href=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/b338eb84.jpeg&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;b338eb84.jpeg&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://file.satsukiyami.blog.shinobi.jp/Img/1255022955/&quot; /&gt;&lt;/a&gt;飛んで明治43年。&lt;br /&gt;
靖国の辺りに、「大村銅像」と並んで&lt;br /&gt;
「品川銅像」の文字が！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家が建つ前に銅像になったか。。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仕事忙しいとか言ってる割にヒマ人な自分を発見した深夜3時。。。&lt;/p&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E5%B9%95%E6%9C%AB%E9%95%B7%E5%B7%9E/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E8%A6%8B%E7%94%BA%E9%A1%9B%E6%9C%AB</link> 
    </item>
    <item>
      <title>桜井稿２</title>
      <description>&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-family: Arial&quot;&gt;〇は不明箇所。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-family: Arial&quot;&gt;穴だらけだよ！　&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-family: Arial&quot;&gt;　&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-family: Arial&quot;&gt;「仲尼言へるあり曰く、人遠慮なければ必ず近憂ありと、其言古しといへども、其理は猶新きが如し、松菊木戸公の如き盡、能く仲尼の言を軆せしものと謂ふべきか、文久元治の交、出石は広戸甚助なるものあり、為人任侠にして機矯あり、博打をなして発覚す、遁逃して京都に上り対馬藩士多田壮蔵に仕ふ、壮蔵人と為り慷慨交通、太だ廣く各藩の志士徒党〇て稠し、&lt;strong&gt;内に長門藩士桂小五郎なるものあり、特に甚助を愛す&lt;/strong&gt;、一日来り過き謂て曰く、卿常に云ふ、家但馬出石にありと、余地図に就て之を検するに、其地京都に近くして幽邃ならんと、具さに通行の遠近山川の険易を問ふ、既々畢り笑て曰く、士藩主に仕ふ、アンイ遇合なきを保つを得ん、豫め潜匿の地とし置かざるべかざる、余若し譴を藩主に得ば、卿能く保護を肯ずるや否、甚助謂らく、是戯謔なりと、一笑を偽す、是より甚助を愛すること特に多く、時に秘書を托し知己に封送せしむるに、来る元治元年に至り、長兵關を犯す、一戦敗退兵士或は死し或は遁る、&lt;strong&gt;甚助既に小五郎の為めに秘書を封送す&lt;/strong&gt;、幕吏の来り捕るを恐れ、潜匿して出でず、然るに人あり来り訪ふこと数回、甚助益潜む、一夜老婦あり来訪ふ、甚助謂らく他は幕吏にあらずと、密に出接す、小五郎情婦の母なり、曰く、主公切に君に遇ふことを欲す、請ふ妾と共に来り面せと、甚助曰、主公恙無きや否、答て曰く然りと、母に従て行く、導して五条磧中乞児の稿楼に時に炎暑極て烈なり、&lt;strong&gt;小五郎蟄して其中に在り&lt;/strong&gt;、曰く、疇昔余卿に託するに保護を以てす、卿能く之を犯するや否、甚助曰く、賎夫固より之を犯す、然れとも男子耦行す、恐くは人をして之を疑はしめん、婦人を加るに如かず、請う暫く之を待てと、妹の京都の豪家に仕えしものを訪ひ倶に帰ることを勧む、妹曰く、阿兄平生妹を戒て曰、女子人に仕ふ忠誠ならざるべからずと、今や主家兵災に罹る、妹為めに股肱の力を尽さんと改す、如何して郷に還るべけんと、甚助理屈す、已むなく小五郎を導して京師を発す、潜行三日但馬久畑に達す、久畑は出石の藩境なり、関を設けて行人を誰何す、甚助藩吏の博打の事により巳れを拘するを畏れ、豫め小五郎に教ふるに、藩関士に答ふる要点を以てし、小五郎をして官道を進ましめ、自は間道を取り関門外に至り之を侍る、久して至らず、輿丁走り来りて曰く、関吏誰何実に厳峻を究む、請ふ帰りて之を救へ、甚助已むを得ず帰て関門に至る、藩士数名あり内々長岡市兵衛なるものあり、其居甚助の宅に近し、もと甚助を知る、口を開て輿中にあるものの何者たるを詰問す、甚助〇て曰く、他は二方郡居但の船主なり、大坂にありて発病す、時に賎夫将さに郷に帰んとす、船宿主人賎夫に托するに送還を以てす、疑ふに足らざるなりと、藩士之を信じ始て通行を許す、進て出石の〇村寺坂村に至り休憩し、甚助日没を以て出石に入り、角屋喜作を訪ひ、其間房を借ることを約し、直に寺坂村に帰り、&lt;strong&gt;小五郎を導して出石に入る&lt;/strong&gt;、出石の地京師を距ること三十里、幕府会薩の倹吏時に来往、老険極て甚し、甚助其父才と惰らず、倹吏の来往するごとに、或は湯島に赴かしめ、或は養父に避けしめ、百方保護して、小五郎をして倹約発検を免れしめしのみならず、之をして京都の状況を探知することを得せしめ、翌年に至り送て山口に至る、当時の〇〇今迄存するもの極めて多し、既にして喜七先歿し、甚助直蔵亦跪き歿す、直蔵の子正蔵、拾蒐して冊となし、余に請ふに叙を以てす、晴天木戸公の事を挙るや、戦盼の必すべからざるを思ひ、豫め逃場を設け始て干戈を御し、一旦事敗るるや近畿に潜匿して添加の形勢を察す、遠慮ありて近憂を脱せんものといはざるべからず、甚助父子兄弟協心戳力して能く公を〇〇し、正蔵当時邊墨を集め其不朽を謀る、亦称せざるべからず、叙して之を養〇し置く&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;span style=&quot;font-family: Arial&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;八十九歳　桜井勉」&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E3%81%95%E3%82%93%E8%AA%9E%E3%82%8A/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E7%A8%BF%EF%BC%92&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E3%81%95%E3%82%93%E8%AA%9E%E3%82%8A/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E7%A8%BF%EF%BC%92</link> 
    </item>
    <item>
      <title>桜井稿１</title>
      <description>&lt;div style=&quot;margin: 0mm 0mm 0pt&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: 'Times New Roman'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA&quot;&gt;　&lt;br /&gt;
何度も言うようですが、管理人は崩し字が読めないので、くれぐれも信用しないでください。マチガイを見つけられた寛大な方は、ぜひご一報くださいませ。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「鍋屋孝助伝&lt;span&gt;&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;span style=&quot;font-family: Arial&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;孝助本姓廣江鍋屋と称し父を喜助と云ふ、但馬出石の人なり、幼にして不覊飲酒、家を治めず藩吏将に之を捕しとす、孝助遁れて京師に赴き、対州藩留守居多田宗蔵の家に仕ふ、&lt;strong&gt;同藩&lt;/strong&gt;&lt;b&gt;林竹次郎なる者あり、人となり奇俊特に孝助を愛す、&lt;/b&gt;一日但馬国図を抽き、備さに出石の形勢を問ひ、徐に謂て曰く、此地京師に近くして幽静なり、億ふに世を避るに便ならん、孝助為めに其形勢を説く、竹次郎笑て曰く、吾若し本藩の為めに追はれ出石に行かば、卿能く之を庇や否、孝助笑て之を諾す、竹次郎是より特に孝助を春み、委するに密書を以てし、且曰く、&lt;b&gt;余や実は長士桂小五郎なり&lt;/b&gt;と、文久&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;4&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;年長藩兵を京師に挙ぐ、前夜竹次郎孝助をして弾薬を因藩松田正人の家に送らしめて而して出づ、次日事発す、孝助馳て正人が邸に行く、閑として人無し、轉じて郭内に入る、兵士填塞す、孝助遁れ帰て対州邸に潜伏し、敢て出でず、夜々来り呼ぶ者あり、孝助益潜み、敢て面せず、居ること数日、妓幾松が母、夜を以て来り訪ず、幾松は三本木難波常次郎が養女にして、常に竹次郎の為めに愛顧せられし者なり、母の曰く、夜々人をして君を招かしむ、而して君面せず、其実君に請ふに、郎君&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;(&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;阿主&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;)&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;を救ふことを以てせんと欲するのみ、孝助笑て曰く、林公恙なきや、母の曰く郎君&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;(&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;阿主&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;)&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;恙なし、故を以て来り訪へる、而已孝助袖を投じて出づ（立つ）、母導にして二条今出川通河家の一陋舎に至る、時に秋暑が燬くが如し、舎に壱の小室のみ、室内薦を被りて臥する者あり、孝助が覆声を聞き徐に其面を露はす、&lt;b&gt;孝助之を見れば則ち竹次郎なり&lt;/b&gt;、声を潜め請て曰く、孝卿恙無きや、請ふ幸々活路を與へよ、孝助之を諾す、心に謂ふ、変後未だ久しからず、物色極めて厳ならん、女子と同行せば其幾くは誰何を避るを得ん、偶ま其長妹京都の一商家に仕ふ、直に之を訪ひ説て曰く、余や俄かに出石に帰らんと欲す、妹が主家兵火に罹れり、同く帰るべしと、妹曰く主家災に罹る、阿兄宜く妹に諭して其努に服せしめざるべからず、今帰るを勧む亦戻らずや、孝助辞屈す、已むを得ず竹次郎と相携へて而して発す、路次物色皆果して厳なり、孝助百方辨解、捕縛を受けずして登尾坂を下ることを得たり、坂下駅あり久畑といふ、出石藩の封邑に属す、孝助警吏の究追して前罪に及ばんことを恐れ、竹次郎に教へて曰く、此地必ず関門あり、誰何亦必ず厳ならん、若し姓名を問はば、美含郡訓谷村船頭宇右衛門なりと答ふべし、若し出石の定宿を問はば、田結庄町鹽屋重兵衛と答ふべし、奴事状あり官吏に面するを恐る、乞ふ別路より駅西に至り之を待し、竹次郎之を諾す、孝助道を分ちて駅西に至り之を待つ、久くして来らず、輿夫走り来り孝助を喚ぶ、孝助心に謂ふ京を出て三日、巧逃して此に至り、即ち拘禁せらるるかと、惴々として関前に至る、藩士長岡市兵衛・高田才郎左衛門座に在り、孝助もと長岡を識る、長岡謂て曰く、此漢口供曖昧言語但人に似ず、是れ何者ぞや、孝助曰く、是れ封内美含郡の船頭なり、病あり郷里の帰らんとす、奴もと相識たり、故を以て伴ひ帰るのみ、奴大坂を発してより未だ當て其傍らを離れず、今や封内に入り相識の門を黙遇する能はず、故を以て暫く其側を離れ為めに主公を煩すに至る、乞ふ幸に之を恕せよ、二人曰く、汝にして之を認す、我輩何為れぞ追究せん、通過して可なり、孝助拝謝、足力を究て疾行し、薄暮寺坂に達し竹次郎をして松屋某が家に宿せしめ、夜に乗じて出石に入り、田結庄町角屋喜作に乞て其室を借る事を約し、再び行て之を迎へ、未明を以て喜作の家に入る、喜作の家は市中最開の處なり、更に八木町畳屋茂七が庫を借り潜伏する七八十日、既にして孝助罪を免さる、是より先宵田町に伏屋某なるものあり、家を鹽屋安兵衛に質す、是に至りて流質す、孝助是を借りて竹次郎と共に居り、且幾松を京師に迎ふ、官吏之を怪み名主橋本氏（下吹田屋）の宅に召致して之を鞠す、百万辨解纔に免るるを得、偶ま会津藩士三人之を怪み密に来りて物色す、二人夜を犯して養父市場西念寺に赴き之を避く、元治三年二月に至り、二人転じて城崎温泉に浴し御所湯前松本屋に寓すること五周間、竹次郎其女に通ず妊むあり、然れとも流産す、二人密に出石に帰り、十月に至り同く大坂に出て、阿弥陀寺の早船に乗して下関に達するを得たり、竹次郎是に至り姓名を改めて木戸準一郎孝允と称し、桔据して皇改し維新の事に従ふ、慶應三年、準一郎師を率て京師に上る、孝助従ふ、既にして大政一新す、準一郎孝助が欲する所を問ふ、曰く奴もと商家に生る、尊栄に意無しと、&lt;b&gt;準一郎為めに金数千円を與ふ、&lt;/b&gt;孝助此に於て力を商事に尽し、家巨万を致す、明治&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;5&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 10.5pt&quot;&gt;年（欠字）産を破る、孝助亦為めに其産を破る、人皆之を憐む、孝助夷黙以て意となさず、粗衣糲飯之に居て泰然たり、奇人と謂ふべし、孝助常に人に語りて曰く、矢石を犯して郭内に入り、幾松の母に誘せられて河東に至る、皆未だ怯怖を感ぜず、獨り久畑関門の一事に至りては、今に至り之を思ふとも猶毛髪の竪立を覚ふと」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（太字は管理人による）&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E3%81%95%E3%82%93%E8%AA%9E%E3%82%8A/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E7%A8%BF%EF%BC%91&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E3%81%95%E3%82%93%E8%AA%9E%E3%82%8A/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E7%A8%BF%EF%BC%91</link> 
    </item>
    <item>
      <title>無題</title>
      <description>　&lt;br /&gt;
ある大仕事が終わって、休日とって、とりあえず撃沈。。。&lt;br /&gt;
とかいいつつ、仕事中の隙間に&lt;strong&gt;『木戸孝允遺芳集』&lt;/strong&gt;所載の、桜井&lt;br /&gt;
兒山氏の原稿を、ちまちま解読（こら）。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
この桜井稿については、村松センセの『醒めた炎』に詳しい記述があったので、「コレは通読してみたいぞー！」と思ってたら、先月『遺芳集』に偶然出会って、目を通す機会が出来たんですね。　&lt;br /&gt;
で、それはまあラッキーだったんですけど、この桜井稿が&lt;strong&gt;原稿用紙のまま掲載されてた&lt;/strong&gt;のは、ちょっと想定外だったかな。。。&lt;strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかも活字文もなし。&lt;br /&gt;
ホントに４００字詰の原稿がそのまま載っかってましたよ。&lt;br /&gt;
･･･&lt;strong&gt;崩し字読めってか！読めってかァ！&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
（ちなみにワタシは崩し字が読めません）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で、ちと現代人に不親切設計な気もしたんで、次回コレの書き下し文をアップしたいなと思ってます。著作権って単語が脳裏を過ぎったけど、団体名義で公表後50年過ぎてるのでクリアしてる、と思う。たぶん（おい）。違ってたらごめんなさい、つーか、そもそも崩し字読めない奴の解読だし、あんまり信用しないほうがいいっすよ皆さーん！（無責任）</description> 
      <link>http://satsukiyami.blog.shinobi.jp/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E3%81%95%E3%82%93%E8%AA%9E%E3%82%8A/%E7%84%A1%E9%A1%8C_170</link> 
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